しなやかな残響ー春を紡ぐ者の叙事詩ー
「やっと。笑顔を見せてくださいましたな。シュンラ様。この山寺にいらっしゃって初めてです。シュンラ様には、笑顔が一番似合いまする」
急にチョウリョウは、真顔になってそう言った。シュンラの笑いが止まった。目を上げると見晴らす彼方は、王都カトマールの方角だった。
人族の視力では、布地に針で開けた穴ぐらいにしか見えない王都も、彼女のエルフの目ではその奇怪な尖塔のひとつひとつまではっきりと見分けることができる。
魔法使いのシャールに受けた仕打ち、この素足で胸板を踏み抜いて殺した兵士の断末魔の叫び、
そんな光景がシュンラの脳裏をかすめ、言葉にならない思いが胸に込み上げてきた。
「シュンラ様は、涙を流したことがありますか?」
シュンラは、チョウリョウの顔を振り返った。横向きに抱き合ったままで、ほんの少し首をのばせば唇が触れ合いそうなほど、二人の顔が接近している。
エルフの少女の金髪がさらさらと風に揺れる。
「涙?」
たぶんあるだろう。シュンラは、自分に問いかけた。でも、それは、いつのことだろう?百九十三年間生きてきて、最後に泣いたのがいつだったか思い出せない。
まだ小さい子供の時、ルーイが遊んでくれないと言ってだだをこねて泣いていた自分の姿が思い出されてきた。
あの時から、ルーイは、まったく変わっていない。今と同じ少年の姿のままだ。その美しい少年の姿を彼女はいつも目で追っていた。
“ルーイ”
シュンラは、目を伏せた。
「涙をため込むのは体の毒でございますよ。言葉にできない心の棘を押し流すために、あるものですから。泣きたい時は、泣く。笑いたい時は、笑う。それが自然の摂理でございます」
シュンラは、両手で目を覆った。細い肩が嗚咽で震えている。チョウリョウは、その背中をさすった。
「生きとし生ける物は、自らの持つ時間に同調できる命を愛するものです。自らの命をつなぐためです。時間を持たぬ物を愛することはできません」
シュンラには、チョウリョウの言おうとしている意味が分かるような気がした。“時間を持たぬ物”、不死の存在、わかっている。
わかっているんだけど、わたしは、彼らの一族に育てられたのだ。そして恋をした。美しい永遠の少年に。でも、それは、わたしとは異質なるもの。
エルフである彼女にも有限の時間はあるのだ。エルフの少女は、過去との決別の時が迫っていることをその体で悟っていた。
急にチョウリョウは、真顔になってそう言った。シュンラの笑いが止まった。目を上げると見晴らす彼方は、王都カトマールの方角だった。
人族の視力では、布地に針で開けた穴ぐらいにしか見えない王都も、彼女のエルフの目ではその奇怪な尖塔のひとつひとつまではっきりと見分けることができる。
魔法使いのシャールに受けた仕打ち、この素足で胸板を踏み抜いて殺した兵士の断末魔の叫び、
そんな光景がシュンラの脳裏をかすめ、言葉にならない思いが胸に込み上げてきた。
「シュンラ様は、涙を流したことがありますか?」
シュンラは、チョウリョウの顔を振り返った。横向きに抱き合ったままで、ほんの少し首をのばせば唇が触れ合いそうなほど、二人の顔が接近している。
エルフの少女の金髪がさらさらと風に揺れる。
「涙?」
たぶんあるだろう。シュンラは、自分に問いかけた。でも、それは、いつのことだろう?百九十三年間生きてきて、最後に泣いたのがいつだったか思い出せない。
まだ小さい子供の時、ルーイが遊んでくれないと言ってだだをこねて泣いていた自分の姿が思い出されてきた。
あの時から、ルーイは、まったく変わっていない。今と同じ少年の姿のままだ。その美しい少年の姿を彼女はいつも目で追っていた。
“ルーイ”
シュンラは、目を伏せた。
「涙をため込むのは体の毒でございますよ。言葉にできない心の棘を押し流すために、あるものですから。泣きたい時は、泣く。笑いたい時は、笑う。それが自然の摂理でございます」
シュンラは、両手で目を覆った。細い肩が嗚咽で震えている。チョウリョウは、その背中をさすった。
「生きとし生ける物は、自らの持つ時間に同調できる命を愛するものです。自らの命をつなぐためです。時間を持たぬ物を愛することはできません」
シュンラには、チョウリョウの言おうとしている意味が分かるような気がした。“時間を持たぬ物”、不死の存在、わかっている。
わかっているんだけど、わたしは、彼らの一族に育てられたのだ。そして恋をした。美しい永遠の少年に。でも、それは、わたしとは異質なるもの。
エルフである彼女にも有限の時間はあるのだ。エルフの少女は、過去との決別の時が迫っていることをその体で悟っていた。